
オリンピック 薬物検査なぜ芸能界や角界は麻薬を使う人が多いのですか?
オリンピック 薬物検査
<はじめての薬物検査実施事件>
1968年、グレノブル冬季オリンピックで、初めて大規模なドラッグテストが行われました。ドラッグテストを開始した当初は、主に興奮剤やアナボリック・ステロイドをチェックしていましたが、興奮剤はともかく、ステロイドの検査は難しくコストが高く付きました。
やがて技術が進み、ステロイドを検知しやすくなったものの、ステロイドの種類によっては、テスト前2週間から4週間に使用を止めると、全く検知出来なくなる物も有りました。そこでオリンピック委員会は、無差別に選手を選んでテストをしようと試みたのです。
ところがソ連の様な閉ざされた国は、テストをかたくなに拒んだのです。そうすると当然西側諸国も、「ソビエトをテストしないなら、こちらにもするな」と抗議したのです。仕方なくオリンピック委員会は、抜き打ちテストに踏み切りる事を決断するのです。
有名な1974年カラカスで開催された、パン・アメリカンゲームズが、最初の犠牲者達です。当時沢山の選手が試合前の夜中に、会場を後に夜逃げを企みましたが、待ち構えていたリポーターやカメラマンに包囲されてしまったという事件です。
1980 年代の最初、オリンピック協会は無差別に選んだ出場選手に、試合前48時間以内に尿サンプルを提出するよう要求しました。拒否した場合は、ドラッグ使用者と同じ扱いとし、罰則を与えたのです。
その場合、1回目は2年間の出場停止、2回目は永久追放というものでした。しかしこの罰則も、決してフェアというものでは無かった様です。ある者は、違法のクスリと知らず使っていた薬が検知した為、永久追放に追い込まれ、又ある者は、弁護士や政治家のコネを利用して罰則を逃れようとしました。
その当時伝説と謳われた沢山の選手が、テストに引っ掛かった後、自己の名誉を汚さぬよう、黙って引退するようオリンピック委員会に催促され、実際に沢山引退して行ったという話は余りにも有名です。
